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2026年8月13日木曜日

Mt.ダータ・ホテル

レイネリー、
ツーリズムビデオ・ロケでホテルの庭に立つ。

MUPHコンテストが終わって後に
同じ衣装をまとってホテルを再訪した。
Top 10 Finalist に残った結果報告に。



最後のコマは意味深だ。
ツーリズムビデオのイントロの囲炉裏火シーンは
ダータホテルで撮影されたのでは、と考えている。
ホテルの facebookにあった屋外の施設とか。

ツーリズムビデオ上でそれと分かるホテルの場面は
松林のシーンだけだが、
マウンテン州のMUPH攻略に当たり、
マウント・ダータホテルは協力者とチームにとっての
拠り所だったか、と振り返って想像するのだ。
というのは、州の中心ボントックに味方が少なかった場合に
遠い地は態勢を整えるのに適地となり得る、から。
凱旋訪問のホテルでは食事会まで用意された。

Mount Data Hotel

Mount Data, Bauko, Mountain Province, フィリピン


Mt.ダータ・ホテルは、
Nacagang Bridgeから 204号を31kmも南に下ってある。
マウンテン州とベンゲット州の境寄りに位置するリゾートなのだが、
ここもバウコ地区である。

この際、レイネリー関連であげておく。

2026年8月12日水曜日

ラガンの田んぼ

Olympus E-5+ZD14-35F2.0 SWD
(2013/04, Lagan, Sabangan, Mountain Province,Philippines )

さて、タディアン−サバンガン道路に戻って東に進むと、
Nacagang Bridgeがあって
204号 Baguio - La Trinidad - Bontoc Rd.と合流。
ここから北はボントックまで、Mountain Trailと名前が変わる。
また、チコ川はタディアンからの流れと
南のベンゲットから来た2つの支流が、ここで合わさるのだ。
画像の堤防と水田は、ちようど合流地点にある。

2026年8月11日火曜日

スパングの棚田 (Sabangan)




Sabangan - Bontok 道路に合流する手前の
どこかの林道に入ると、山間に棚田があった。
ポリス山の南2kmほど、チコ川右岸の Supang地区とかかもしれない。

Olympus E-5+ZD14-35F2.0 SWD
(2013/04, Sabangan, Mountain Province, Philippines )

2026年8月6日木曜日

クリーク川谷の棚田 (Bauko)

アバタン(Bauko)からの眺め

2013.4の旅の記録をまた辿る。
アバタンの町は高台にあり、来た道をそこで引き返すと、
Otucan Sur、バウコの平野に下ることになる。

以下は、その クリーク川谷の棚田。


Olympus E-5+ZD14-35F2.0 SWD
(2013/04, Bauko, Mountain Province,Philippines )

ラニ・ミサルチャ Lani Misalucha


Lani Misalucha - Punong Matibay
2026.4

Written by Noli Misalucha

「punong matibay」はタガログ語で「丈夫な木」「強い木」という意味です。
家族の絆を歌っています。

作曲者は彼女の夫。

Lani Misalucha
August 3, 1969 (age 57)
Manila, Philippines

2026年8月3日月曜日

バンガ・ダンス (Kalinga, Philippines)


カリンガ州公式 facebook
2026.7/21の投稿

TWO WORLD RECORDS 
カリンガ州が、一つのイベントでギネス世界記録を一つだけでなく
二つも達成し、歴史に名を刻んだことをご存知でしょうか?
2023年2月15日、カリンガ州はタブク市において、
3,440人が参加した「最大規模のゴング・アンサンブル」と、
4,681人が踊った「最大規模のバンガ・ダンス」
という二つの世界記録を樹立しました。

この歴史的なパフォーマンスは、
カリンガの創設28周年および第4回ボドン・フェスティバルの
期間中に行われました。文化、リズム、そして団結を祝う
「アウォン・チ・ガンサ、アドゥトゥン・チ・バンガ
(Awong chi Gangsa, Ad’tun chi Banga)」の催しには、
数千人もの人々が集まりました。
しかし、この偉業は単なる数字上の記録にとどまるものではありませんでした。
ガンサ(伝統的な銅鑼)の響きとバンガ(水瓶)を運ぶ所作は、
カリンガの人々のアイデンティティを世界の舞台へと届けました。
それは、文化が歴史となり、伝統が世界記録へと昇華した瞬間だったのです。



Banga Dance は動画で知っていたが、
カリンガのほかに イフガオにもあったとは初耳だった。

WOW - Cordillera (facebook) にあった
コルディレーラ 6州の絵地図。
カリンガには 重ねたバンガ が。

2026年7月29日水曜日

Mt. Polis (1,895 m) Bauko ポリス山

Mt. Polis / ツーリズムビデオ切り抜き



以下、Bauko Tourism (Facebook)から
Mapanawil Rice Terraces + Mt. Polis

マガオ山があったタディアンの東隣のバウコは 
マウンテン州 10郡で一番人口の多い自治体。22村あるのも州で最多。
サガダ郡の南隣で交通の要所。
バウコには、ポリス山を含め、7つの峰があるという。

ツーリズムビデオでは最後のほうで写る夜景にみせた景色は 
"モガオ山 と グワアン池"と似て、紛らわしい。



2026年7月24日金曜日

モガオ山 - 下劣な輩

Facebook上の悲痛な叫び

広めるのはよそ者フィリピン人    再生回稼ぎのためか


Mt. ○リトリス

マウンテン州タディアンのカグバタンにあるモガオ山(Mount Mogao)

に対して付けられた、物議を醸す愛称です。

この下品な名称は、山の形状を女性の生殖器の一部である○リトリスになぞらえた一部の観光客によって名付けられたとされています。

特にGoogleマップなどのプラットフォーム上で急速に広まり、

一部では「データ・ヴァンダリズム(データに対する悪意ある改ざん)」

とも呼ばれる事態を招きました。

タディアンの人々にとって、この愛称は極めて不快なものです。

それは山のあり方を誤って伝えるものであり、

イゴロット族の祖先が守ってきた伝統的な命名の慣習を

軽視するものでもあります。

そうした命名の慣習には文化的、歴史的、

そして精神的な意義が込められていますが、

蔑名称には、それらの要素が一切反映されていません。

地元の人々は、文化的誇りと遺産を象徴する本来の名称

「モガオ山」を取り戻そうと尽力しています。

もし協力していただけるなら、敬意を欠いたその愛称を使うことは避け、

正式名称である「モガオ山」と呼ぶようにしてください。

そうすることが、この山の真の文化的アイデンティティを守ることにつながります。

2026年7月23日木曜日

Mount Mogao + Gawa-an Lake 2/2


以上、Mt.Province ツーリズムビデオから。

そして グワナン池ロケのようす



MUPH つまり Miss Universe Philippines 2026 にリネリーが
まずはじめに出場した枠は Miss ベンゲットだった。
フィリピン・ルソン島第2の都市 バギオ市は 
"BAGUIO CITY" と "BENGUET州"の2枠があって、
州枠のほうに出たリネリーは2位の結果だったが、
東隣、片親の出身地 Mountain Province からMUPHに挑戦することになったのだ。

これには、意義が発せられた。
ベンゲット側では市や州がそれに支出していないか? とか、
"MUPHベンゲットの代表者は、資金的な支援が得られなかったことを理由に
(次点のリネリーに支援を奪われて)その座を辞退しました。"とか

他方マウンテン州側の批判は心ない書き込みがあった。
今となってはFacebookのどこが原典かは分からない。
削除されたのか..見つからない。
その前段には彼女がコンテストに挑戦し続けた(執着してきた) 
28歳で一児の母であることを巧みに揶揄し、
サガダの方言が分かるか怪しい、とまで書いた。
ベンゲット側がマウンテン州の枠を買い取って自陣候補をねじ込んだのは
主権の侵害であると、明言した。

次に ネットのNewsと Facebookの掲示板に寄せられた彼女の反論を訳文で紹介する。

By: Hannah MallorcaINQUIRER.net / 01:20 PM February 11, 2026

「ここ最近、ネット上で様々な噂が飛び交っていますが、
今こそ私の歩んできた道のりの真実をお話しすべき時だと
感じています」と彼女は語りました。
「私はマウンテン・プロヴィンス(山岳州)の代表として出場しており、
誰かの立場を脅かそうなどとは決して考えていません。
全国大会の舞台に立つにあたり、私の支援体制や
スポンサーが他の州と重複することは一切ないという点を、
はっきりとさせておきたいと思います。」

「私は純粋な思いで、故郷を代表するというこの役割を
引き受けました」と彼女は続けた。
「タスキを授与された際にも申し上げましたが、
私は常にこう信じてきました。
コルディリェラ出身の女性が一人立ち上がれば、
コルディリェラ全体が共に立ち上がるのだと。」

「1952年に『ミス・ユニバース・フィリピン』が始まって以来初めて、
『マウンテン・プロヴィンス(Mountain Province)』の名が
ミス・ユニバースのステージで呼ばれることになります。
実に74年ぶりのことです。
その事実を、私自身、まだ完全には受け止めきれずにいます」
と彼女は語りました。

Pageant Talk (on FACEBOOK)
February 10, 2026

私がここへたどり着くために何が必要だったか、
もし人々が本当に知ったとしたら、驚きはしないでしょう。
率直に言って、むしろ恐れを抱くのではないかと思います。
なぜなら、私がミス・コンテストの世界を離れてからの7年間は、
私という人間の最も深い部分を試すものだったからです。
それは、自分にあると思っていた以上のものを私に要求しました。
その日々は私を削ぎ落とし、引き伸ばし、
そして私自身さえ存在を知らなかった「新しい自分」を
明らかにしてくれたのです。その歳月は、
私をこの瞬間から遠ざけたのではなく、
むしろこの瞬間のために私を準備してくれたのでした。

その間、私は臨床検査技師となり、母となり、客室乗務員としても働きました。
女性だけの会社を立ち上げ、そのリーダーも務めました。
18歳の頃から抱き続けてきた信念を、誰の目にも留まらないような場所でも、
変わらず持ち続けてきました。
それこそが、山あいの地で育った私たちに備わる、
静かな強さなのかもしれません。
私たちは、戦いの傷跡をむやみにさらけ出すことはありません。
誰かに注目されることを求めもしません。
ただそこに立ち、何ものにも動じず、揺るぎもしない。
時と苦難、そして信念にゆっくりと形作られながら、
あるべき自分へと変わっていくのです。

だから、MUPHが私を呼び戻した時、それは帰還という感覚ではなく、
まるで故郷に帰ってきたような感覚でした。💫 
マウンテン・プロヴィンスを代表できることは、私にとってこの上ない光栄です。
私のルーツはサガダにあり、私の物語は私が生まれるずっと前から始まっていました。

MUPHへと足を踏み出す時、私は祖先から受け継いだ血統、
つまり伝統、文化、そして信仰が織りなす遺産を背負い、
ついにそれが私のもとへと辿り着いたのだと感じています。

今日は単なる面会や肩書きの日ではありませんでした。

それは、一つの物語が完結した日でした。

夢は、他の人々の夢と並んで存在できるのだということを
改めて実感させてくれました。
長い待ち時間、数え切れないほどの回り道、
そして静かな苦しみを経てもなお、ヒトの物語は祝福に値するものであり、
ヒトの夢は正当で、神によって定められ、明確な目的を持って大切にされているのです。

今日、皆さんに感謝の気持ちを伝えるために、
改めて別の投稿をさせていただきますが、
心から、この10年にわたる夢の実現に付き合ってくださり、
信じて待っていてくださったすべての方々に感謝申し上げます。

今こそ、マウンテン・プロヴィンスがMUPHの中でその地位を確立する時です。

Lyneree Wly Montero Yodong

+++++++++++++++++++++++++++++
人々が認めた
リネリー、彼女のキャラクターが全てだった
のではなかろうか。

ツーリズムビデオの反響のなか、マウンテン州ばかりか
他のコルディレーラの人々が SNSで彼女に声援を贈った。

マウンテン州にライバル候補はそもそもいなかった。
リネリーがベスト10に残った時、
コルディレーラの他候補は既に残っていなかった。

MUPH 2026で最後に残ったのはベンゲットの西隣、ラ・ウニオン州代表だった。

2026年7月21日火曜日

モガオ山 と グワアン池 Mount Mogao + Gawa-an Lake 1/2


以下は Facebookから借用


 南麓のパンダヤン村と
Pandey Rice Terraces

山と池とは 2km弱の距離がある。

自分は行ったことも
山を見たこともないのだが。

アバタン ジャンクションから南に行くとある。

2026年7月17日金曜日

バウコ・ポブラシオン


Tagudin - Cervantes - Sabangan Rd.は Abatan junctionに合流した。


バギオ行きミニバス。
104km 約4時間半かかる。

自分がボントックで雇ったトライシクル。
坂道は下車して歩く場面があった。
ドライバーは写真とは違う若者だった。

Olympus E-5+ZD14-35F2.0 SWD
(2013/04, Bauko,Mountain Province,Philippines )

ボントックからサバンガンを経て
バウコのジャンクションまで来た。


2026年7月16日木曜日

バウコ の棚田

以前あげたことがある、
凄まじい地殻変動の岩山

Olympus E-5+ZD14-35F2.0 SWD
(2013/04, Bauko,Mountain Province,Philippines )

Tagudin - Cervantes - Sabangan Rd.は
バウコ・ポプラシオンに向け、坂を登る。


おそらく、Abit River 支流の谷。

2026年7月10日金曜日

ノボタン



ノボタン
Melastoma candidum

ノボタン科 Melastomataceae

(2013/04,Bauko,Mountain Province,Philippines )

 北ルソンではどこでもよく見る花。

2026年7月9日木曜日

オトゥカン棚田 2 Bauko

Olympus E-5+ZD14-35F2.0 SWD
(2013/04, Bauko,Mountain Province,Philippines )
Otucan Rice Terraces

Tagudin - Cervantes - Sabangan Rd.沿いに
オトゥカン地区は広い。
あの建物が
赤い屋根と鐘塔のおかげでBauko Catholic Schoolと分かった。

2026年7月8日水曜日

オトゥカン棚田 Bauko バウコの風景を見直す


Olympus E-5+ZD14-35F2.0 SWD
(2013/04, Bauko,Mountain Province,Philippines )
Otucan Rice Terraces

たぶん初公表の昔の写真。
当時は、撮っていて、バウコの何処かが分からなかった。
ここから北 3キロ足らずに後述する予定の Mt.Polis がある。
本画像ではずっと右方向にあって見えない。

思い出すきっかけは

レイニー(レイネリー)はコンテスト終了後、
バウコをはじめロケを行った地域を訪問している。
(Facebookから)

あのツーリズムビデオはある時期からずっと、
2位以下の他の候補者のをダントツに上回った
視聴回数を記録している由。

2026年6月10日水曜日

グロリオサ

Olympus E-5+70-300F4.0-5.6
(2012/5 , Cambulo, Banaue, Ifugao, , Luzon, Philippines)

グロリオサ Flame Lily
Gloriosa superba

イヌサフラン科 Colchicaceae
ジンバブエ Zimbabwe (south Africa)原産

なんでまた、小さな山村 カンブロの村はずれに咲いていたのか?

本邦の チゴユリやホウチャクソウがまた、
このイヌサフラン科に含まれる。
チゴユリについては不明だが、ホウチャクソウは有毒,
そしてグロリオサは猛毒植物。

2026.4、宮崎県の緊急情報の中毒死亡案件



動画で観る花は実に美しい。

10 ดอกไม้หายากที่สุดในโลก   10 of the world's rarest flowers
タイ Abadul Thaitube チャンネル 「世界の珍しい花 10選」2024  英語字幕
02:11  2.ดอกดองดึง (グロリオサ Flame Lily)

2026年6月9日火曜日

オウギバショウ(タビビトノキ) in カリンガ


Olympus E-5+70-300F4.0-5.6
(2012/5 , Tabuk, Kalinga, Luzon, Philippines)
Grand Zion Garden Resort Hotel

オウギバショウ(タビビトノキ) は、
熱帯ではいまや珍しい植物ではない。
チェンマイの園芸店センターで苗木を売っているほど。

そういえば、ボクーアのプーファ宮殿庭にも植わっていたが、
ゴチャゴチャしたところにあって、印象的ではなかった。

タブック(カリンガ)のホテルの庭は広い農耕地に面していて、
その木はずっと伸びやかに見えた。

2026年5月29日金曜日

シャシャ・パディーラ Zsa Zsa Padilla


Zsa Zsa Padilla Init sa Magdamag
2024

Written by Willy Cruz

Sharon Cunetaのカバー

Zsa Zsa Padilla
May 28, 1964 (age 62)
Manila, Philippines

zsazsapadilla  2026/4 (Nagano)
"It’s been my Mama’s dream to come back 
to Japan during Sakura or Hanami. "

※ご健在の母親であるが、
父親(生存) Carlos Padilla Jr.は
既述のとうり
"Thrilla in Manila"
(プロボクシング「モハメド・アリ対ジョー・フレージャー第3戦」の通称)
のレフェリーを務めた人物。

2026年5月28日木曜日

リランド・スクラー Leland Sklar

ベースは全セッションで3人参加。
Bass Abraham Laboriel Sr
Bass Leland Sklar
Bass Neil Stubenhaus

Producer  - Christian de Walden, Carlo NasiVic del Rosario, Jr.

Recorded At Flamingo Cafe Recording Studio, LA, CA
Recorded At Subside Studios, Fiuggi, Italy
Recorded At Amerasian Studios, Manila, Philippines

収録アルバム
Sarah Geronimo
Becoming
Viva Records, 2006

先日、リランド・スクラーの Youtubeチャンネルで、彼が録音セッションに参加した
サラ・ヘロニモのアルバムから次の 3曲を紹介していた。
アルバムには タガログ語のも入ってはいる。

https://www.youtube.com/watch?v=wiVtpIWtvWc

I Still Believe in Loving You

Written by Lori Barth, Jimmy Borja, Ralph Stemmann


Carry My Love [Amor Cobarde]

Written by Alberto Mastrofrancesco, Vito Mastrofrancesco, Toro Montoro


Baby Blue
Written by  Ann Marie Bush, Steve Singer


Leland Sklar
May 28, 1947 (age 78)
Milwaukee, Wisconsin, US

CD