2026年7月23日木曜日

Mount Mogao + Gawa-an Lake 2/2


以上、Mt.Province ツーリズムビデオから。

そして グワナン池ロケのようす



MUPH つまり Miss Universe Philippines 2026 にリネリーが
まずはじめに出場した枠は Miss ベンゲットだった。
フィリピン・ルソン島第2の都市 バギオ市は 
"BAGUIO CITY" と "BENGUET州"の2枠があって、
州枠のほうに出たリネリーは2位の結果だったが、
東隣、片親の出身地 Mountain Province からMUPHに挑戦することになったのだ。

これには、意義が発せられた。
ベンゲット側では市や州がそれに支出していないか? とか、
"MUPHベンゲットの代表者は、資金的な支援が得られなかったことを理由に
(次点のリネリーに支援を奪われて)その座を辞退しました。"とか

他方マウンテン州側の批判は心ない書き込みがあった。
今となってはFacebookのどこが原典かは分からない。
削除されたのか..見つからない。
その前段には彼女がコンテストに挑戦し続けた(執着してきた) 
28歳で一児の母であることを巧みに揶揄し、
サガダの方言が分かるか怪しい、とまで書いた。
ベンゲット側がマウンテン州の枠を買い取って自陣候補をねじ込んだのは
主権の侵害であると、明言した。

次に ネットのNewsと Facebookの掲示板に寄せられた彼女の反論を訳文で紹介する。

By: Hannah MallorcaINQUIRER.net / 01:20 PM February 11, 2026

「ここ最近、ネット上で様々な噂が飛び交っていますが、
今こそ私の歩んできた道のりの真実をお話しすべき時だと
感じています」と彼女は語りました。
「私はマウンテン・プロヴィンス(山岳州)の代表として出場しており、
誰かの立場を脅かそうなどとは決して考えていません。
全国大会の舞台に立つにあたり、私の支援体制や
スポンサーが他の州と重複することは一切ないという点を、
はっきりとさせておきたいと思います。」

「私は純粋な思いで、故郷を代表するというこの役割を
引き受けました」と彼女は続けた。
「タスキを授与された際にも申し上げましたが、
私は常にこう信じてきました。
コルディリェラ出身の女性が一人立ち上がれば、
コルディリェラ全体が共に立ち上がるのだと。」

「1952年に『ミス・ユニバース・フィリピン』が始まって以来初めて、
『マウンテン・プロヴィンス(Mountain Province)』の名が
ミス・ユニバースのステージで呼ばれることになります。
実に74年ぶりのことです。
その事実を、私自身、まだ完全には受け止めきれずにいます」
と彼女は語りました。

Pageant Talk (on FACEBOOK)
February 10, 2026

私がここへたどり着くために何が必要だったか、
もし人々が本当に知ったとしたら、驚きはしないでしょう。
率直に言って、むしろ恐れを抱くのではないかと思います。
なぜなら、私がミス・コンテストの世界を離れてからの7年間は、
私という人間の最も深い部分を試すものだったからです。
それは、自分にあると思っていた以上のものを私に要求しました。
その日々は私を削ぎ落とし、引き伸ばし、
そして私自身さえ存在を知らなかった「新しい自分」を
明らかにしてくれたのです。その歳月は、
私をこの瞬間から遠ざけたのではなく、
むしろこの瞬間のために私を準備してくれたのでした。

その間、私は臨床検査技師となり、母となり、客室乗務員としても働きました。
女性だけの会社を立ち上げ、そのリーダーも務めました。
18歳の頃から抱き続けてきた信念を、誰の目にも留まらないような場所でも、
変わらず持ち続けてきました。
それこそが、山あいの地で育った私たちに備わる、
静かな強さなのかもしれません。
私たちは、戦いの傷跡をむやみにさらけ出すことはありません。
誰かに注目されることを求めもしません。
ただそこに立ち、何ものにも動じず、揺るぎもしない。
時と苦難、そして信念にゆっくりと形作られながら、
あるべき自分へと変わっていくのです。

だから、MUPHが私を呼び戻した時、それは帰還という感覚ではなく、
まるで故郷に帰ってきたような感覚でした。💫 
マウンテン・プロヴィンスを代表できることは、私にとってこの上ない光栄です。
私のルーツはサガダにあり、私の物語は私が生まれるずっと前から始まっていました。

MUPHへと足を踏み出す時、私は祖先から受け継いだ血統、
つまり伝統、文化、そして信仰が織りなす遺産を背負い、
ついにそれが私のもとへと辿り着いたのだと感じています。

今日は単なる面会や肩書きの日ではありませんでした。

それは、一つの物語が完結した日でした。

夢は、他の人々の夢と並んで存在できるのだということを
改めて実感させてくれました。
長い待ち時間、数え切れないほどの回り道、
そして静かな苦しみを経てもなお、ヒトの物語は祝福に値するものであり、
ヒトの夢は正当で、神によって定められ、明確な目的を持って大切にされているのです。

今日、皆さんに感謝の気持ちを伝えるために、
改めて別の投稿をさせていただきますが、
心から、この10年にわたる夢の実現に付き合ってくださり、
信じて待っていてくださったすべての方々に感謝申し上げます。

今こそ、マウンテン・プロヴィンスがMUPHの中でその地位を確立する時です。

Lyneree Wly Montero Yodong

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人々が認めた
リネリー、彼女のキャラクターが全てだった
のではなかろうか。

ツーリズムビデオの反響のなか、マウンテン州ばかりか
他のコルディレーラの人々が SNSで彼女に声援を贈った。

マウンテン州にライバル候補はそもそもいなかった。
リネリーがベスト10に残った時、
コルディレーラの他候補は既に残っていなかった。

MUPH 2026で最後に残ったのはベンゲットの西隣、ラ・ウニオン州代表だった。