2026年8月22日土曜日

サチュク村 7 - ボクーア 11 2025.7 「サチュク脱出」

7/24  15時頃
プーウェー山の雲がやっと晴れた。
下のほうに ウェーン村への道のカーブ


小屋が建つモンインモック・ホームステイのテラスから

正面の景色のなかに ウェーン村と繋ぐ"Ban Wen - Ban Pianso"道路が見える。

地滑り発生の知らせを受けてから、自分の意識は

サチュク,ピアンソーの方ではなく、ウェーン村へ出られるのは何時か? 

に向いていた。道路のようすを見に行くには、徒歩は遠すぎるし、

車を出してそこで動けなくなるのは絶対に避けたい。

耳を澄ませて、ウェーン村から車が上がってくるのを待っていた。

この盆地は粗末な数軒の家はあるが、ピックアップトラックは無い。

バイクは見たことはある。

夜になってバイクが1台ウェーン村のほうに走り去った。

そしてしばらく、車の走行音が聞こえて、ヘッドライトの光跡を眺めていた。

救急車が上がってきて、たぶん地滑りのこちら側にリレーされた

病人(けが人)を乗せて、来た道を戻っていった。

それきりだったが、ウェーン村までは通れると、分かった。

また、遠くナーン川対岸の村全域もこちら同様、停電だと分かった。

夕食は、昼の残りのトムカーガイ スープと傷まぬうちにと

大目の残りご飯をシーズニングソースをかけながら、

ゆで卵1ヶとともに食した。酒がない晩飯は何時以来だろう。 


7/25 朝

濡れた薪はオイルをかけようが、どうしても火が起こせない。

湯が沸かせない。(電気ケトルはあるが)

最後のゆで卵2ヶ+フルーツを朝食とする。今日こそ出立と、

ゆっくり支度をしているうちに、バイクが道路を上がってきたので

呼び止めた。政府機関に詰めている二人のうち、上司の方だった。

「1081はボクーアはダメだが、たぶんファイコンへは行ける」

と言うので、決まりだった。

部屋は片づけるものもないが、食器を水盥に漬け、

メモ書きを置いて12:54に出発した。ウェーン村への峠を越えたら、

道を塞いでいた木をチェーンソーで切断した場所があった。たったこれだったのか....。




ナーン川の橋を渡るまで、人を見ることがなかった。

気を引き締めて、1081を右へと北上する。ピアンコ村のナーン川橋 13:07、

ごらんのような土砂崩れが何ヶ所かあったが。

それから始まる1081の上り坂は難所はなかったが、

ファイコンにさしかかる村が30cmほど水に浸かっていたが、

もう厳しい箇所は幸いなかったのだ。

101、ファイコン-トゥーンチャン稜線道路の
たっぷり2車線の下り道
白の中央線がまだひかれていない

チャルームプラキアットの稜線を越えてトゥンチャーン郡

ポーン村のナーン川の橋ではじめて車を停めた。上流方向を写す。15:09  

3日前に寄ったスタンドで給油。覚えていてくれたお姉さんに事情をグチる。

そういえば、スマホのグーグル・マップが働いている。

16:30 プーアの定宿にいつもの如く予約無しでチェックイン。

いつもの居酒屋で カナムーグローブ、ガパオ・ナッツ飯、

ビアリオ2本で330TBH。21時就寝。


※ 2026.8.19未明からの、Pua地区の鉄砲水、洪水は

21日から次第に落ち着いてきています。次の動画は 19日のものです。

https://www.youtube.com/watch?v=MmwS8Vl5uLo