小屋が建つモンインモック・ホームステイのテラスから
正面の景色のなかに ウェーン村と繋ぐ"Ban Wen - Ban Pianso"道路が見える。
地滑り発生の知らせを受けてから、自分の意識は
サチュク,ピアンソーの方ではなく、ウェーン村へ出られるのは何時か?
に向いていた。道路のようすを見に行くには、徒歩は遠すぎるし、
車を出してそこで動けなくなるのは絶対に避けたい。
耳を澄ませて、ウェーン村から車が上がってくるのを待っていた。
この盆地は粗末な数軒の家はあるが、ピックアップトラックは無い。
バイクは見たことはある。
夜になってバイクが1台ウェーン村のほうに走り去った。
そしてしばらく、車の走行音が聞こえて、ヘッドライトの光跡を眺めていた。
救急車が上がってきて、たぶん地滑りのこちら側にリレーされた
病人(けが人)を乗せて、来た道を戻っていった。
それきりだったが、ウェーン村までは通れると、分かった。
また、遠くナーン川対岸の村全域もこちら同様、停電だと分かった。
夕食は、昼の残りのトムカーガイ スープと傷まぬうちにと
大目の残りご飯をシーズニングソースをかけながら、
ゆで卵1ヶとともに食した。酒がない晩飯は何時以来だろう。
7/25 朝
濡れた薪はオイルをかけようが、どうしても火が起こせない。
湯が沸かせない。(電気ケトルはあるが)
最後のゆで卵2ヶ+フルーツを朝食とする。今日こそ出立と、
ゆっくり支度をしているうちに、バイクが道路を上がってきたので
呼び止めた。政府機関に詰めている二人のうち、上司の方だった。
「1081はボクーアはダメだが、たぶんファイコンへは行ける」
と言うので、決まりだった。
部屋は片づけるものもないが、食器を水盥に漬け、
メモ書きを置いて12:54に出発した。ウェーン村への峠を越えたら、
道を塞いでいた木をチェーンソーで切断した場所があった。たったこれだったのか....。
ナーン川の橋を渡るまで、人を見ることがなかった。
気を引き締めて、1081を右へと北上する。ピアンコ村のナーン川橋 13:07、
ごらんのような土砂崩れが何ヶ所かあったが。
それから始まる1081の上り坂は難所はなかったが、
ファイコンにさしかかる村が30cmほど水に浸かっていたが、
もう厳しい箇所は幸いなかったのだ。
チャルームプラキアットの稜線を越えてトゥンチャーン郡
ポーン村のナーン川の橋ではじめて車を停めた。上流方向を写す。15:09
3日前に寄ったスタンドで給油。覚えていてくれたお姉さんに事情をグチる。
そういえば、スマホのグーグル・マップが働いている。
16:30 プーアの定宿にいつもの如く予約無しでチェックイン。
いつもの居酒屋で カナムーグローブ、ガパオ・ナッツ飯、
ビアリオ2本で330TBH。21時就寝。
※ 2026.8.19未明からの、Pua地区の鉄砲水、洪水は
21日から次第に落ち着いてきています。次の動画は 19日のものです。
https://www.youtube.com/watch?v=MmwS8Vl5uLo



